この記事が掲載されるのが1月15日ですので、私にとって新年初の投稿となります。

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

毎年元旦にこの一年をどう過ごすか、なにを目標とするか、考えるようにしています。
2018年はフルマラソンとウルトラマラソン(100km)に挑戦します。
どちらも簡単なことではないですが、40歳を目前に体力・気力ともに衰えないように、そして見た目としておじさんにならないように努力します。

新年1発目は、「need ニード」「demand デマンド」についてです。
学生時代にこの違いについて非常に丁寧に、ときにしつこい程に説明を受けたことを覚えています。逆に、まったく説明のない指導者もいました。

働きだしてからも、「need ニード」と「demand デマンド」の違いを明確に分けて臨床を行っている療法士もいれば、まったく区別せず臨床を行っている療法士もいました。
人によってこだわってる人とそうでない人に分かれるこの言葉。
なぜなのでしょうか?
今回はこの謎多き言葉「need ニード」と「demand デマンド」の違いについて説明いたします。

need ニードとは?

need
必要、入用、要求、(…が)必要、必要なもの、ニーズ、まさかの時、難局、窮乏、貧困

weblio

これがneedという単語の意味です。

ビートルズの名曲、「all you need is love」にも「need」という単語が使われていますね。
この曲のタイトルの意味は「愛こそすべて」です。

ん?あれ?この訳にneedの意味って入ってます?
これは賛否両論あるようですね。
「君に足りないのは愛だ」と訳す人もいるみたいです。

訳し方でだいぶ曲の雰囲気が変わりますね。
私は後者の方が好みです。
真実はジョンレノンのみぞ知る、といったところでしょうか。

このneedという単語、医療・介護業界では

一般的にニードとは必要・要求の意味で使われますが、社会学的な意味のニードとは、社会生活の中での基本的な必要・要求として一定の標準を満たしたものや専門家が判断したものを言います。

ハートクリニック大船

専門家が判断したもののことをいうようです。
客観的な必要性とも言えるでしょう。

demand デマンドとは?

demand
(…を)要求する、要求する、(…と)要求する、(…を)(権威をもって)問いただす、言えと要求する、詰問する、強く尋ねる、(…を)必要とする

weblio

これも聞いたことがある単語ですね。
on demand=オンデマンド、聞いたことありますよね。

オンデマンド on demand
利用者の要求に応じて商品やサービスを提供すること

weblio

です。
要求するという意味合いが強いですね。

このデマンド、医療・介護業界では、

対象者の主観的な要求・要望

です。

ニードは客観的、デマンドは主観的。
医療・介護業界ではこのような違いがあるようです。

これは大きな違いですね。

ニードとデマンドを分ける理由

学生時代、指導者に「それはデマンドだから、ニードにはならないよね。」とか、「デマンドばかり聞かずにニードを聞き出せるようにならないと」などと指導されたことを覚えています。

指導された内容を批判するつもりはありませんが、なぜ分ける必要があるのかな?と当時思っていました。

例えば、大腿切断をした70代の男性が、「またマラソンをしたい」ということをおっしゃった場合、この発言は患者の主観的な要求でありデマンドだ、と考える方が多いでしょう。
ざっくり言うと、「無理でしょ。」ですよね。

ニードとしては、松葉杖を使用して家の周りを少し歩けるぐらいまで回復すれば万々歳、と考えるのでしょう。

マラソンをしたい、という無理難題を叶えるために時間を使うのではなく、専門家として実現可能なこの患者にとって必要な松葉杖歩行を獲得した方がよかろう、ということです。

こういった理由から、療法士は対象者の発言をニードとデマンドに分けて考えているのだと私は思います。
しかしながら、デマンドの判断は非常に難しいように思います。

デマンドの判断は難しい

実現可能かどうか、対象者の発言は本当に主観的な要望なのか、この判断をどのようにすれば良いのでしょうか。
まずは、主治医に確認ですね。
理学療法等を指示した主治医がどこまで回復すると考えているのか確認する必要があります。

それから、文献的な考察です。同じような症例がどこまで能力が改善するのか文献を読んで考察する必要があります。
そこまでして分からなければ、先輩療法士に聞くとか、同僚に聞くとかする必要があるでしょう。

どんなときにも他職種・多職種連携ですね。

もう調べようがないところまで調べて初めて主観的な要求であると判断ができると思います。主観的な要求であると判断されたら、その旨を対象者に説明し、客観的な必要性に関して提案する、そこまで対象者とコミュニケーションを交わして初めてリハビリテーションのゴールが明確になるのだと思います。ゴールが明確になるから同じ方向を見て進んで行けるのですね。

在宅における対象者の要望

生活期の分野で働いていて特に難しいと感じるのは、対対象者の要望や希望を聞き出すことです。
ケアプランに詳しく書いてあったり、初回面談のときに対象者から具体的にお話があればかなりラッキーです。
ほとんど、とまで言いませんが、高い割合で「肩が痛いからもんでくれ」とか、「体が硬いからストレッチをメインで」というご希望が多いように感じます。
入院中は、退院後の在宅生活のために「玄関の段差を超えなきゃいけない」、とか、「お風呂を跨げるように」とか具体的なご希望があったはずなのに、、、。

生活期の分野で具体的なご希望を訴える方は少ないと思います。
あっても「もっと歩けるようになりたい」など漠然としています。

こうなってはニードもデマンドもありません。
なぜこのような現象になってしまっているのでしょう。

これはいろんなことが考えられますが、私の経験上、すでにあきらめてしまっている対象者が多いからではないかと考えます。
また、障害を抱えながら活動や参加といったことを考えられない、とも思います。

そりゃそうですよね。

障害を負って、なんとか自宅に退院し、退院日の翌日から訪問の療法士が来て

「じゃー次の目標は、、、」

なんて前向きに考えられる人は少ないと思います。
担当していくらか時間が経過してからようやくぽつりぽつりと要望が出ることもあります。
最近私が聞いた対象者の要望・希望で、「おお、すごいな!!」と思ったのは、

「東京オリンピックの観戦」

です。
これはなんとか実現できたらいいですよね!!

生活期の分野で大切なことはなにか。

それは、障害を抱えながらでもここまで出来る、ということを対象者に示したり、リハビリテーションの本質を対象者に説明したりすることだと思います。

近年、PDCAサイクルだけでなく、S(Survey)を加えたSPDCAサイクルの重要性についてよく目にします。
対象者の個別性を重視し、対象者のご希望をしっかり把握することが大切です。

高齢者の地域における 新たなリハビリテーションの在り方検討会

生活期の分野で働く療法士には面談能力が大切なのですね。

ニードとデマンドの違いにこだわりすぎることもどうかと思いますが、対象者の発言が主観的なものなのか、客観的なものなのか考えるクセはつけてもいいと私は考えます。

まとめ

昔、臨床工学技士である知人にこんなことを言われたことがあります。

「理学療法士は治らない言い訳の勉強しかしていない」

悔しいですが、大きく間違っているとは思いません。

対象者の要求が客観的であるか、主観的であるかの判断は非常に難しいです。
が、我々は可能な限り対象者の要求通りになるように、オンデマンド的に理学療法を提供できるように日々勉強する必要があります。

勉強などの努力になにより必要なのは「all you need is love」
対象者に対する「愛」かもしれません。